ユニセフからの手紙

先日ユニセフから手紙をもらった。

過去何度かユニセフに寄付したことがあり、個人情報も先方に行っているはずなので、ユニセフから手紙をもらうこと自体は別に不思議ではない。しかしながら、手紙の内容を見て少し驚いた。

手紙のタイトルには「ショッピングリスト」とある。貧しい人へのワクチンいくらだの、浄水キットいくらだの書いてある。

え?これって僕がショッピングするわけではなくて、ショッピングさせられるの!!!

噛み砕いて言えば、「寄付してくれー!リストはこんなんがあるぞ」ということらしいが、それにしてもショッピングリストって。。。

それにそんなリスト作って希望取っても、寄付収入は口座に入った時点で同じじゃんとも思う。なんだかなあ。

寄付すべきか、しないでおこうか。でも最近、飛行機のチケット買ったりとか、来期の学費とかあるから、懐もあんまし暖かくないしな。。。とか思ったり。どうしましょ。

物事には20-80の法則というものがある。

たとえば、会社で言えば、社員の20パーセントの人が、会社の全利益の80パーセントを生み出しているというもの。これはいろいろな統計データに当てはまる。

この20-80の法則をユニセフ当てはめて考えてみよう。

全寄付の80パーセントを生み出すのは、寄付してくれる人の20パーセントである。したがって、その人たちを抽出して集中的にマーケティングすれば、より効率のよい成果が見込めるだろう。一回寄付してくれた人ならば、再度寄付をお願いしても快く受け入れてくれるだろうから。

僕はどうやらその「快く寄付してくれる人の20パーセント」という部類に配属されたようだ。だから、再度の寄付の催促にこのような手紙をよこしたのだと思う。

マーケティング的には、正道をおさえている行動だと、頭では十分に理解しているつもりだ。しかしながら、善意の押し付けのような気がして、すごく違和感を感じる。

アメリカでは貧富の差が激しい。

キリスト教をベースとした社会では、お金持ちの寄付行為は当然のことと受け止められている。むしろ、これをやらなければ社会的批判にさらされてしまう。お金持ちはお金を持っているんだから寄付して当然だと。

一方、貧乏な人は貧乏な人で、施しを受けて当然だと思っている。お金がある人からお金をもらうのは当然のことだ。施しを受けるのは恥ずかしいことではない。むしろ堂々としている。

これは文化の違いなのだろう。

一方日本では、お金を持っているからといって、その人の対面を潰すような援助の仕方は避けるべきものと考えられている。お金に困っている人を見れば、直接お金を手渡すような方法を避け、それとなく分からないように仕事を回して援助してあげたりする。

日本の国連負担金は全予算の実に19パーセントに及んでいる。(最近はその負担割合の引き下げを議論しているようだけど。)

「国連で日本がどれだけお金を出して、いろいろな国のサポートをしているか、国連の中に入って初めて知った。日本はもっと誇りをもってもいいと思う。」と言っていた国連関係者の話をどこかで読んだ気がする。

「もくもくと真面目に仕事をすれば、自分でアピールせずとも評価はおのずとついて回る」

どこかで聞いたような台詞。
日本はこういう文化背景があるから、いろいろ援助しても表に出てこないんだろう。

なんか書いているうちに、何が言いたいのか分からなくなってきた。

こういう事を深く考えてしまう時点で、やはり僕は日本人なんだなとつくづく思う。
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by structural | 2005-12-11 14:38
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